

冬の気配が少しずつ街を包みはじめた。
テニスコートの木々が葉を落とし、冷たい風が砂を巻き上げている。
大会から数週間が経った。
彼とはメッセージのやりとりが続いている。
でも、以前のように“返信を待つ時間”に心を縛られることはなくなった。
カフェの窓際で、湯気の立つカップを両手で包みながら思う。
──私、少し変わったな。
あの夜、気持ちを伝えたあと、彼から返事はまだない。
それでも、不思議と心は穏やかだ。
むしろ今は、自分の時間が愛おしい。
朝、コーヒーを淹れて日記をつけること。
仕事の帰りに少し遠回りして、夜風を感じながら歩くこと。
ひとつひとつが、“私を生きている”感覚につながっている。
最初に占い師へ電話をかけた夜のことを、今でも覚えている。
暗い部屋の中でスマホの光だけが頼りだった。
「彼がSNSでは投稿しているのに、私には何も返してくれない」
あのときの私は、世界のすべてを“既読”という二文字で測っていた。
でも、あの夜の彼女がいたからこそ、今の私がいる。
泣きながらも“何かを変えたい”と思った。
その勇気が、すべての始まりだったのかもしれない。
次に占い師に話したのは、“彼の気持ちが知りたい”という悩みだった。
テニスを始めて、彼と話すきっかけを作った。
彼と過ごす時間が少しずつ増えた。
けれど本当の意味で笑えていなかった気がする。
彼の表情ひとつで、私の心が揺れていたから。
でも、あの大会を目指して練習していた日々を思い出す。
汗を流して、空を見上げて、
「今日も頑張ったな」って自分を褒められるようになった。
恋のために始めたことが、
いつのまにか“自分の好き”に変わっていた。
三度目の鑑定のあと、ノートに自分の心を書き出した夜。
あのページには、にじんだ涙の跡がある。
「できる私じゃなくて、笑っている私を好きになりたい」
あの一文を書いたとき、
“自分の中にちゃんと優しさがある”ことを思い出した。
あのページを見返すたびに思う。
恋をしていたのは、彼だけじゃなかった。
私は、“誰かを想える自分”にも恋していたんだ。
そして、あの夕暮れ。
彼の隣で、震える声で“好き”と伝えた。
返事をもらうことが目的ではなく、
心の奥に溜め込んでいた想いを“光”に変えるための言葉だった。
あの日の私がいたから、
今の私は「待つ」ではなく「信じる」を選べるようになった。
“信じる”というのは、彼ではなく──
自分の選択を信じること。
最近、同僚に言われた。
「なんか、雰囲気変わったね。」
鏡を見ても、特別な変化はない。
でも、確かに“目の奥”が違う。
彼に会わなくても、テニスをしている自分が好きだ。
返信が来なくても、ノートを書きながら心が穏やかだ。
誰かに認められなくても、
「これが私」と言える日が増えてきた。
夜、窓の外で風が鳴る。
あの頃なら、スマホの通知音を待ちながら泣いていた時間。
でも今は、静けさの中で呼吸を感じられる。
あの夜泣いていた私へ。
あなたが泣いてくれたおかげで、今の私は笑えている。
あのときの痛みは、ちゃんと意味があったんだよ。
心の中で、過去の自分にそう語りかける。
“彼を好きになったこと”も、
“苦しかった時間”も、
全部、私の一部になっている。
週末、久しぶりに占い師に電話をした。

こんばんは。今日はどんなご相談ですか?
相談というより……お礼を言いたくて。



まあ、それは嬉しいですね。
彼とはまだはっきりした答えは出ていません。
でも、前みたいに不安で押しつぶされることはなくなりました。
今は、自分の時間を大事にできている気がします。



素敵です。
きっとあなたの心が、恋の形を“誰かのため”から“自分のため”へと変えたんですね。
それが本当の“癒し”ですよ。
静かに涙が頬を伝った。
悲しみではなく、温かい涙。
ノートの最終ページに、新しい言葉を書いた。
「私は、恋に救われた。
彼に出会って、自分と出会い直せた。
この経験が、きっと次の私を育ててくれる。」
そのページを閉じた瞬間、
まるで“章がひとつ終わった”ような静けさが訪れた。
カーテンを開けると、冬の星がひときわ輝いていた。
風は冷たいのに、不思議と寒くない。
それはきっと、心の奥で灯りがともっているから。
誰かを想うことは、痛みを知ること。
でもその痛みを超えて、
“自分を好きになれる”ようになったとき、
恋は、人生の宝物になる。














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